前鋸筋の機能解剖学と触診・トレーニング法

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前鋸筋の解剖

【起始】
第1~9肋骨
【停止】
肩甲骨:
上部(上角)
中部(内側縁)
下部(下角)
【作用】
前鋸筋全体:
肩甲骨を前外方へ引く
肋骨挙上(上肢固定下)
下部:
下角を前外方に引き
肩甲骨を回転させる(上方回旋)
上部:
挙上した上腕をさげる(下部筋束に拮抗する)
【支配神経】
長胸神経(C5-C7)

坂井建雄,松村讓兒(監訳):プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論 / 運動器系 第3版,医学書院,2016.

前鋸筋の繊維別作用と支配神経

前鋸筋は、起始停止部の違いから上部繊維、中部繊維、下部繊維に分けられます(図1、2)。

図1 前鋸筋の各繊維解剖
2)より画像引用

図2 肩甲骨内側の筋付着部(前鋸筋の起始停止部)
3)より画像引用

上部繊維(図3)は、第1肋骨と第2肋骨の一部から起始し肩甲骨上角に停止⁴⁾します。発達が良く厚い⁵⁾繊維になります。
上部繊維群の作用は、肩甲骨の外転⁶⁾・下方回旋⁶⁾⁷⁾、前傾⁸⁾、肩甲骨回旋時の軸を形成する⁹⁾(肩甲骨の回旋運動中心の機能を持つ¹⁰⁾)とされています。

図3 前鋸筋上部繊維とその作用

中部繊維(図4)は、第2肋骨の一部と第3肋骨から起始し肩甲骨内側縁に停止⁴⁾します。発達は貧弱で薄い⁵⁾繊維になります。
中部繊維群の作用は、肩甲骨の外転⁴⁾⁶⁾¹⁰⁾(肩甲骨全体を前方へと引き出し内旋させる⁹⁾)とされています。

図4 前鋸筋中部繊維とその作用

下部繊維(図5)は、第4肋骨以降から起始し肩甲骨下角に停止⁴⁾します。発達がもっとも良い⁵⁾繊維になります。
下部繊維群の作用は、肩甲骨の外転⁴⁾⁶⁾、上方回旋⁴⁾⁶⁾⁷⁾⁸⁾⁹⁾¹⁰⁾とされています。

図5 前鋸筋下部繊維とその作用

僧帽筋と前鋸筋のフォースカップル

フォースカップルとは、物体に作用する平行でかつ互いに逆向きの一対の力⁹⁾を言います。

僧帽筋と前鋸筋のフォースカップル作用により、肩甲骨上方回旋するとされています(図6)。

図6 肩甲骨上方回旋におけるフォースカップル
11)より画像引用

僧帽筋と前鋸筋の力成分は、肩甲骨上方回旋に加えて肩甲骨の後傾と外旋を補助¹¹⁾するとされています。

前鋸筋の筋連結

前鋸筋は、肩甲挙筋および菱形筋と線維性結合組織で密に連結されている¹²⁾と報告されています(図7)。

図7 前鋸筋と肩甲挙筋および菱形筋の筋連結

肩甲挙筋が収縮し肩甲骨を上内方に引き上げる際に、前鋸筋上部筋束が肩甲骨上角を胸郭に密着させる役割を担っている¹²⁾とされています(図8)。

図8 肩甲挙筋と前鋸筋上部繊維の共同作用

菱形筋と前鋸筋は、Tom Myersが提唱するアナトミー・トレインにおいて筋筋膜連結のスパイラル・ライン(SPL)¹³⁾として挙げられています(図9)。
※SPLの連続性に関するエビデンスは中等度〜高い¹⁴⁾と報告されています。

図9 スパイラル・ライン(SPL)
13)より画像引用

肩甲骨位置は菱形筋と前鋸筋の相対的緊張によって異なる¹³⁾(図10)とされ、臨床でよくみられるパターンとして、菱形筋が延長固定(過伸長、遠心性負荷)され、前鋸筋が短縮固定(求心性負荷)されて、肩甲骨が脊柱から引き離されるパターンが挙げられています。

図10 菱形筋と前鋸筋の筋バランス

実際に筋活動の相関関係に関する調査で、菱形筋と前鋸筋は共同筋として肩甲骨の安定性に作用する¹⁵⁾ことが報告されています。

前鋸筋の神経支配

前鋸筋の神経支配は、長胸神経(C5〜C7)¹⁾とされています。

70の解剖標本(35体)を用いた調査²⁾(図11、図12)では、前鋸筋上部繊維は、全例(70例)でC5神経根からの供給が確認されています。前鋸筋中部繊維と下部繊維は、70%(49例)がC6神経根とC7神経根から供給されています。

図11 前鋸筋の部位ごとの支配神経(70例)
2)より引用一部日本語改変

図12 肩甲挙筋、菱形筋、前鋸筋の神経支配パターンの一例
2)より引用一部日本語改変

一方で、前鋸筋の下部には、その裏面より肋間神経外肋間筋枝の枝(主として第 6~8 肋間神経の外肋間筋枝の枝)の分布も認めた¹⁶⁾と報告されています(図13)。このことから、前鋸筋は体幹筋と高い親和性を示すと述べられています。

図13 右前鋸筋の内側面(外肋間筋枝からの小枝の分布)
16)より画像引用

前鋸筋麻痺

前鋸筋麻痺(長胸神経麻痺)は、直接外傷やオーバーユースによって二次的に生じる稀な疾患¹⁷⁾とされています。

長胸神経麻痺111例の調査では、その原因として急性外傷37例、反復外傷21例、感染後12例、出産後7例、注射後12例、手術後7例、寒冷曝露13例、 特発性18例と報告¹⁸⁾¹⁹⁾されています。

神経痛性筋萎縮症(Neuralgicamyotrophy)は、片側上肢の神経痛で発症し、疼痛の軽快後に限局性筋萎縮を生じる疾患であり、前鋸筋麻痺を引き起こすケースが報告¹⁸⁾²⁰⁾されています。

前鋸筋麻痺の症状には、肩甲骨周囲の疼痛、肩の脱力感、スポーツ選手におけるパフォーマンスの低下²¹⁾が挙げられています。受傷直後の疼痛は肩甲骨下角に限局しており、灼熱感があると表現されています。

身体所見としては、翼状肩甲が挙げられています(図14)。

図14 前鋸筋麻痺による右の翼状肩甲
21)より画像引用

痛みを伴う翼状肩甲に悩む14名の患者の調査では、全例で肩を120°以上屈曲させることができず、平均挙上角度は97°であった²¹⁾²²⁾と報告されています。また、医師が肩甲骨を胸郭に対して徒手的に安定させることで、肩の不快感を軽減し150°以上の肩の屈曲ができるとされています。

翼状肩甲は僧帽筋や菱形筋の麻痺でも見られますが、前鋸筋麻痺の場合、特に前方挙上に際して増強されるのが特徴²⁰⁾だとされています。

前鋸筋の触診

前鋸筋トレーニング

前鋸筋の活性化を目的としたエクササイズを筋活動が高いとされる順に7つ²³⁾ご紹介します。

1.Push-up plus

両手を肩幅に開き、前胸部を地面に近づけたうつ伏せの姿勢から開始します。そこから肘を伸ばして腕立て伏せの姿勢になり、さらに肩甲骨を外転させます。その後、肩甲骨を内転させ肘を屈曲させることで開始位置に戻ります。

2.Dynamic hug

両足を肩幅に開いて立った状態で開始します。 まず肘を45°屈曲し、肩関節を60°外転させかつ45°内旋させます。その後、両手で弧を描くように肩関節を水平屈曲させます。両手が触れてから(肩甲骨の最大外転)ゆっくりとスタートポジションに戻します。

3.Serratus anterior punch

両足を肩幅に前後に開いて行います。肘を完全に伸ばした状態でゴムバンドなどの弾性抵抗性のあるツールを肩の高さで握ります。肩関節を45°内旋で肩甲骨を引っ込めた状態にします。そこから、肩甲骨の外転と内転を繰り返し行います。

4.Scaption

両足を肩幅に開いて立位で行います。片方の手でダンベルを持ち、肘関節伸展位・肩関節外旋45°(親指を上に向けて)で体側につけます。肩甲骨面で肩の高さまで上肢を挙上し、その後ゆっくりと開始姿勢に戻ります。

5.Knee push-up plus

手と足ではなく、手と膝で体重を支える以外はPush-up plusと同様の手順で行います。プッシュアップ・プラスを改良したものとなります。

6.Forward punch

両足を肩幅に前後に開いて行います。腕を体側につけ、肘を90°曲げた状態でゴムバンドなどの弾性抵抗性のあるツールを握ります。そこから手が肩の高さに上がるまで肩関節屈曲・肘関節を伸展させます。肘関節はわずかに屈曲位となる状態まで伸ばします。

7.Press-up

床から両足を離して座位で行います。体幹と肘関節をわずかに屈曲させ、両手は殿部の位置につけます。そこから両腕をまっすぐに伸ばし、ゆっくりと椅子から体を離します。3秒間保持した後に開始肢位にゆっくり戻します。

その他、上肢挙上90°以上において前鋸筋を賦活するエクササイズとしてWall Slideが挙げられています。

Wall Slide

平行な壁に向かって立ち、利き足を壁につけ、反対側の足を肩幅に前後に開きます。前腕の尺側を壁に接触させ、肩と肘を90°を開始肢位とします。肩甲骨面上に近い位置で上肢を挙上させます。後ろ足から前足へと体重を移動させながら、前腕を壁へと滑らせるように行います。

Wall Slideは、前鋸筋の筋活動がWall Push-up plus(壁腕立て伏せ)や肩甲骨面挙上と同等であり、リハビリの初期段階に実施しやすいのがメリットとして挙げられます。

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参考・引用文献一覧
1)坂井建雄,松村讓兒(監訳):プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論 / 運動器系 第 3 版,医学 書院,東京,2016.
2)Hamada, Junichiro, et al. "A cadaveric study of the serratus anterior muscle and the long thoracic nerve." Journal of shoulder and elbow surgery 17.5 (2008): 790-794.
3)Ackland, David C., et al. "Moment arms of the muscles crossing the anatomical shoulder." Journal of anatomy 213.4 (2008): 383-390.
4)林典雄:運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢 改訂第2版.株式会社メジカルビュー社,2011.
5)土岐彰太:前鋸筋およびその関連筋の比較解剖学的研究 - ニホンサル と ヒト -.長崎大学卒業論文,2012.
6)林典雄:セラピストのための機能解剖学的ストレッチング 上肢.株式会社メディカルビュー社,2016.
7)村木孝行:肩関節痛・頸部痛のリハビリテーション.株式会社洋土社,2018.
8)工藤慎太郎:機能解剖と触診.株式会社羊土社,2019.
9)市橋則明:身体運動学 関節の制御機構と筋機能.株式会社メディカルビュー社,2017.
10)信原克哉:肩 その機能と臨床 第4版.株式会社医学書院,2012.
11)Neumann, Donald A:筋骨格系のキネシオロジー 原著 第3版.医歯薬出版株式会社, 2012.
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13)Thomas W.Myers:アナトミー・トレイン 徒手運動療法のための筋筋膜経線 第3版.株式会社医学書院,2016.
14)Wilke, Jan, et al. "What is evidence-based about myofascial chains: a systematic review." Archives of physical medicine and rehabilitation 97.3 (2016): 454-461.
15)羽崎完, 藤田ゆかり, and 山田遼. "菱形筋と前鋸筋は機能的に連結しているか?." 理学療法学 Supplement Vol. 39 Suppl. No. 2 (第 47 回日本理学療法学術大会 抄録集). 日本理学療法士協会 (現 一般社団法人日本理学療法学会連合), 2012.
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17)Le Nail, L. R., et al. "Isolated paralysis of the serratus anterior muscle: surgical release of the distal segment of the long thoracic nerve in 52 patients." Orthopaedics & Traumatology: Surgery & Research 100.4 (2014): S243-S248.
18)肱岡昭彦; 鈴木勝己; 橋本卓. Neuralgic amyotrophy の 2 例―長胸神経麻痺の表現例―. 肩関節, 1993, 17.2: 175-178.
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20)内田芳雄; 杉岡洋一. 当科における長胸神経麻ひ症例の検討. 整形外科と災害外科, 1991, 39.3: 1374-1376.
21)Martin, Ryan M., and David E. Fish. "Scapular winging: anatomical review, diagnosis, and treatments." Current reviews in musculoskeletal medicine 1 (2008): 1-11.
22)Warner, Jon JP, and Ronald A. Navarro. "Serratus anterior dysfunction: recognition and treatment." Clinical Orthopaedics and Related Research® 349 (1998): 139-148.
23)Decker, Michael J., et al. "Serratus anterior muscle activity during selected rehabilitation exercises." The American journal of sports medicine 27.6 (1999): 784-791.
24)Hardwick, Dustin H., et al. "A comparison of serratus anterior muscle activation during a wall slide exercise and other traditional exercises." Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy 36.12 (2006): 903-910.