特異的腰痛の診断基準と腰痛のred flags

腰椎椎間板ヘルニアの診断基準

腰椎椎間板ヘルニアでは、MRI画像上の椎間板ヘルニア(椎間板の膨隆や脱出)と病歴臨床所見などを照らし合わせて診断が行われるのが一般的です。

MRI画像だけで診断されない理由としては、無症候性の椎間板ヘルニアが高頻度に存在することが挙げられます。健常者200名の腰椎MRIでは、椎間板ヘルニアが L4/5 高位で 25%、L5/S 高位で 35%に認められた¹⁾²⁾と報告されています。

腰椎椎間板ヘルニアには、有用性が報告されている4つの特徴的な病歴¹⁾³⁾があります。

・下腿に放散する疼痛

・神経根デルマトームに一致する疼痛

・咳・くしゃみによる疼痛の悪化

・発作性疼痛

特に、咳・くしゃみによる下肢痛の悪化は椎間板ヘルニアを示唆する重要な病歴⁴⁾とも言われています。また、椎間板ヘルニアは激痛を伴う突然の発症が特徴の一つに挙げられています。

腰椎椎間板ヘルニアを診断するうえでは、前述したようにMRIの画像所見や病歴だけではなく、臨床所見(身体所見)も大切になります。

以下に、腰椎椎間板ヘルニアでみられる臨床所見¹⁾を列挙します。

・SLRテスト、Lasègue テスト、交差SLRテスト、大腿神経伸展テスト(FNST))陽性

・疼痛放散領域

・筋力低下

・感覚障害

・深部腱反射の低下、消失

腰椎椎間板ヘルニアの診断では、これらMRI画像、病歴、臨床所見から総合的に判断し診断がなされます。

腰部脊柱管狭窄症の診断基準

腰部脊柱管狭窄症
5)より画像引用

腰部脊柱管狭窄症においても、病歴臨床所見画像所見から総合的に判断し診断がなされます。

腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン改訂第 2 版⁶⁾では、腰部脊柱管狭窄症の診断において、最も信頼性のある画像診断法としてMRIの有用性が報告されています。しかし、画像所見はあくまで補助診断であり、病歴や臨床所見を優先すべきだとも言われています。

以下は、腰部脊柱管狭窄症の診断に有用な病歴および臨床所見になります。

・中高齢者

・殿部から下肢に痛みやしびれ

・症状が歩行や立位で増悪し、座位や前屈で軽減する

腰部脊柱管狭窄症の特徴的な症状のひとつに間欠跛行があります。間欠破行は一定の距離を歩くと下肢の痛みや痺れ、脱力感等の神経症状が増悪し、少し休むと症状が軽減するのが特徴です。

末梢動脈疾患(peripheralarterial disease:PAD)などの血管性間欠跛行との鑑別が重要とされます。

脊柱管狭窄症の間欠跛行では、座位や前屈位で症状が軽減するのに対して、血管性間欠跛行では姿勢と関係せず、立ち止まるだけで下肢痛が軽減するのが特徴⁶⁾です。また両者は合併することもあるため留意しておく必要があります。

脊柱管狭窄症では、診断のスクリーニングとして多くの診断サポートツールの開発が進んでおり、その有用性も示されています。診断サポートツールには、医師用と患者自記式の2種類が存在します。

【脊柱管狭窄症の診断サポートツール一覧】⁾⁷⁾⁸⁾

・腰部脊柱管狭窄診断サポートツール(日本脊椎脊髄病学会、図1)

・腰部脊柱管狭窄症自記式診断サポートツール(東北腰部脊柱管狭窄症研究会)

・神奈川版 LCS 診断ツール

・The N-CLASS criteria (clinical classification criteria for neurogenic claudication caused by lumbar spinal stenosis)

・神経因性膀胱(下部尿路症状)評価の国際前立腺症状スコア(IPSS)

・腰部脊柱管狭窄診断サポートツール(九州・沖縄版)

図1 日本脊椎脊髄病学会の腰部脊柱管狭窄診断サポートツール
8)より画像引用

各診断サポートツールの項目を見ると、前屈で下肢症状が出現するSLRテスト陽性は、脊柱管狭窄症の可能性を低いと捉える判断材料となっています。
これは腰椎椎間板ヘルニアと鑑別する上でも重要事項だと考えられます。

腰部脊柱管狭窄症の約9割が陽性になるテスト

腰部脊柱管狭窄症の患者108例のうちの100例(92.6%)が陽性となったテストがあります。それは、膝窩部で脛骨神経の圧痛所見をとるtibial nerve compression test⁹⁾です(図2)。健常対象群よりも有意に多く、その有用性が報告されています。

図3 tibial nerve compression test
9)より画像引用

腰痛のred flags(理学療法の適応判断)

red flags(レッドフラッグス)とは、危険信号であり重篤な疾患の示唆する症状や所見をred flag signと呼びます。

red flagsの患者では、リハビリテーションよりも治療が優先されたり、そもそも理学療法の適応外となることもあるため、リスク管理の面から理学療法士も把握しておく必要があります。

腰痛のred flags¹⁰には、以下が挙げられています。

・発症年齢20歳未満または55歳より上 
・時間や活動性に関係のない腰痛
・胸部痛
・癌、ステロイド治療、HIV 感染の既往
・栄養不良
・体重減少
・広範囲に及ぶ神経症状
・構築性脊柱変形
・発熱

red flagsに一つでも当てはまるからリハビリテーションの禁忌というわけではなく、上記の所見があるケースでは、腰痛の原因に何か重篤な疾患が潜んでいないかといった視点を持つことが大切です。

臨床像としては、腰痛だけでなく胸部痛も伴う、姿勢や動作と関連のない腰痛、見た目でわかるほどのるい痩状態、発熱が持続しているなどの所見は要注意です。初診の患者さんでは、癌やステロイド治療などの既往がないかといった医学的情報を事前にしっかりと把握しておきましょう。

急性腰痛をきたす重篤な疾患¹¹⁾には以下が挙げられます。

・腫瘍性疾患(脊椎癌転移など)

・感染性疾患(化膿性脊椎炎など)

・骨折(脊椎圧迫骨折など)

・椎間板ヘルニアによる馬尾神経障害

・内臓疾患(解離性大動脈瘤など)

例えば、高齢者で腰痛の急性増悪がみられるような場合には、脊椎圧迫骨折の可能性を考慮して、叩打痛がないかの評価は確実に行いましょう。脊椎圧迫骨折が疑われる場合には、リハビリを中断して医師の診察が優先しなければいけません。

初診で腰痛の診断をする際には、医師が以下の3つにトリアージ¹⁰⁾¹¹⁾することが勧められています。

・重篤な疾患による腰痛(red flags)

・下肢の痛みや痺れを伴う腰痛(神経症状を伴う腰痛(特異的腰痛))

・神経症状のないその他の腰痛(非特異的腰痛)

トリアージの段階でred flagsに当てはまらず、かつ神経症状がない腰部痛のみのケースでは、非特異的腰痛に分類されます。これに画像所見で明らかな問題がない場合には、臨床所見をもとに非特異的腰痛のいずれかと判断されることが多いです(現状、非特異的腰痛に確立された診断法はありません)。

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参考・引用文献一覧
1)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第 3 版.
https://ssl.jssr.gr.jp/assets/file/member/topics/cervical_spine_200915.pdf .最終閲覧日2022.2.23.
2)Kanayama, Masahiro, et al. "Cross-sectional magnetic resonance imaging study of lumbar disc degeneration in 200 healthy individuals." Journal of Neurosurgery: Spine 11.4 (2009): 501-507.
3)Vroomen, P. C. A. J., M. C. T. F. M. De Krom, and J. A. Knottnerus. "Diagnostic value of history and physical examination in patients suspected of sciatica due to disc herniation: a systematic review." Journal of neurology 246.10 (1999): 899-906.
4)Verwoerd, Annemieke JH, et al. "A diagnostic study in patients with sciatica establishing the importance of localization of worsening of pain during coughing, sneezing and straining to assess nerve root compression on MRI." European Spine Journal 25.5 (2016): 1389-1392.
5)日本整形外科学会:腰部脊柱管狭窄症.
https://www.joa.or.jp/public/publication/pdf/joa_008.pdf .最終閲覧日2022.2.23.
6)腰部脊柱管狭窄症診断ガイドライン改訂第 2 版(案).
 https://ssl.jssr.gr.jp/assets/file/member/topics/cervical_spine_201014.pdf.最終閲覧日2022.2.23.
7)佐藤公昭, et al. 腰部脊柱管狭窄診断サポートツールの検証と九州· 沖縄版簡易問診票. 日本腰痛学会雑誌, 2008, 14.1: 17-22.
8)紺野慎一. 腰部脊柱管狭窄の診断サポートツール. 日本腰痛学会雑誌, 2009, 15.1: 32-38.
9)Adachi, Shu, et al. "The tibial nerve compression test for the diagnosis of lumbar spinal canal stenosis—a simple and reliable physical examination for use by primary care physicians." Acta Orthopaedica et Traumatologica Turcica 52.1 (2018): 12-16.
10)日本整形外科学会,他:腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版,株式会社南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001110/4/Low_back_pain.pdf .最終閲覧日2022.2.21.
11)高橋啓介, et al. 腰痛のプライマリケア. 全日本鍼灸学会雑誌, 2010, 60.1: 32-47.